泣き寝入りしたにもかかわらず、意外にも爽やかな目覚めです。
窓の外は桜の花が満開で、すばらしい景色が広がっています。
アンは胸がいっぱいになって窓にかけ寄り、窓を押し上げ辺りを見渡しました。
目に見えるもの全てがアンに感動を与え、しばし見とれていました。
すると背後から肩に手が置かれました。マリラです。「まだ着物も着てないのかい?」
アンはそんなことよりも、いま目にしている世界の素晴らしさを口にすることが大事でした。
「こんな朝には ただもう世界が好きでたまらないっていう気がするでしょう?」
「あたし 今朝は絶望のどん底に落ちてはいないの!」
アンはおしゃべりを続けましたが、ちょっと途切れたところでマリラは我に返ったように、
「さあ着物を着て下に来なさい。あんたの空想なんかうっちゃってしまうことだよ」と
朝ごはんの前にやるべきことを言いつけて部屋を出ていきました。
アンは今度はマシュウを相手におしゃべりを始めます。料理を運んできたマリラは、
「後生だから黙っておくれ」
「あんたは小さな子にしちゃまったくしゃべりすぎるよ」と言います。
するとアンは食事の間ずっと黙り続けました。
それがあまりに素直で徹底していたので、マリラはかえってイライラするのでした。
マシュウはいつものように黙りこくっていたので食事は大変静かなものになりました。
食事が終わり、アンは自分から申し出て皿洗いをしたり、ベッドを整えたりしました。
マリラはそれらが済んだら外で遊んでいいと言い、アンも喜んで外に行こうとしました。
アンは扉を開けて外を見ていましたが、結局外へは行かず、部屋の中でじっとしていました。
「おや 今度はどうしたんだね?」たずねるマリラにアンは・・・
「あたし外に出る勇気がないの もしここにいられないのなら
グリーン・ゲイブルズを好きになったってしょうがないんだもの」
「外へ行って あの木や花や小川などと知り合いになれば
あたし 好きにならずにはいられないんだもの」
「今でさえつらいのに この上つらくしたくないの」
「外へ行きたくて仕方がないんだけど
何もかもが“アン アン 私の所へいらっしゃい”
“アン アン あたしたちは遊び相手が欲しいのよ”」
「そう呼んでるようなんだけど・・・でも行かない方がいいの」
「そういうものから引き離されるくらいなら 好きにならない方がいいんですもの」
「あたし ここに暮らすことになるんだと思った時 たまらなく嬉しかったの」
「どれほど好きになっても それを邪魔するものはないと思ったの」
「でも その短い夢は終わったわ」
「今では運命のままに任せるわ」
「外へ行くまいと思うのは その気持ちがぐらつくといけないからなの」
マリラは黙って頷くことくらいしかできませんでした。マリラは地下の倉庫に行って独り言。
「あんな子は今まで見たことも聞いたこともないよ」
「マシュウの言う通り 確かに面白い子ではあるね」
「あたしまでが あの子が次に何を言い出すか待ちかまえる始末だもの」
「あたしにも魔法をかけるつもりなんだろうよ」
「兄さんはとっくにかかってしまったもの」
「でもマシュウはどうかしてるよ」
「女の子を家に置いて何になるっていうんだね」
しかし、そういうマリラもアンに対する感情は変わりつつあるようです。
リンゴアオイの花にボニーと名前をつけ、ずっと窓から外を眺めるアンでしたが、
また椅子に座って昼までずっと動きませんでした。
昼になりマシュウが戻ってくるとマリラは、スペンサー夫人の住むホワイト・サンドまで行って
この問題を片付けてくるとまくし立てます。しかしマシュウは口答えすることもなく
マリラが何を言っても無言で、ただ寂しそうな顔をするだけでした。
午後、マリラは馬車を用意してアンが来るのを待ちました。
勝手口から出てきたアンは無言で馬車に乗り、マリラのとなりに座ります。
マリラもまた無言で馬車を出します。
アンは離れつつある家を名残惜しそうに見つめますが、直ぐにうつむいてしまいます。
柵のところにマシュウが立っていて「ジェリー・ブートの奴が今朝やって来たんで、
夏の間手伝いに来てくれるように言っといたがな」と呟くように言います。
マシュウはアンを置いてやりたいと言いたいのだろうけど、こう言うのがやっとなのでした。
マリラは「孤児院から手伝いの男の子をもらおうと言い出したのは兄さんなんですよ!」
と、自分の迷いも断ち切ろうとするがごとく馬車を出します。
アンは自分が名付けたものに別れの挨拶をし、最後はマシュウに
「おじさん、さよなら!」と叫びました。
マシュウはそれを聞いて表情を変え、視界から消えつつある馬車を猛然と追いかけました。
しかし足がもつれてしまい、見えなくなってしまった馬車のほうを見つめて、
呆然と立ち尽くすしかありませんでした。
マシュウの耳には、幸せを願うアンの心の叫びがいつまでもこだましていました。
どうしてはっきりとアンをグリーンゲイブルズに置いてやろうと言わなかったのか、
マシュウは自分の臆病さに腹が立って仕方がありませんでした。
マシュウは家に戻りましたが、午後するべき仕事もせずに、ただひたすら
マリラの気が変わってアンを連れ帰ってくれることだけを願って待ち続けていました。
一方アンは、馬車が街道に出ると
「あたし、このドライブを楽しむことに決めたわ」と言ってマリラを驚かせました。
「楽しもうと決心すれば大抵いつでも楽しくできるものよ」
「せっかくドライブしてるんですもの」
「孤児院のことは考えないでドライブのことだけ考えるわ」
マリラは目を丸くし、興味をそそられているようです。
やはりマリラも魔法にかかりつつあるのは確かなのでした。

